前回、猿田彦大神を祀る信仰が全国二千社規模あるという話を調べた。神代巡礼のデータに代表的な神社を登録しようと思い、まず3社を選んでみた。
ところがこの3社、あとで気づいたら全部同じ場所に集まっていた。
猿田彦信仰そのものの本宮、椿大神社
三重県鈴鹿市の椿大神社。主祭神は猿田彦大神で、「地祇猿田彦大本宮」とも称し、猿田彦大神を「みちびきの祖神」として祀っている。
伊勢国一宮を称してもいるのだが、ここにも一癖あった。同じ鈴鹿市内の都波岐神社・奈加等神社も伊勢国一宮を主張していて、双方が譲らない論社関係にあるらしい。
一宮は一国一社とは限らない、という話は以前も思ったことがあったが、ここでも同じことが起きていた。
猿田彦大神の子孫が守ってきた、猿田彦神社(伊勢)
伊勢神宮内宮のすぐ近くに鎮座するのが猿田彦神社である。ただの「猿田彦を祀った神社」ではなく、猿田彦大神の子孫と伝わる宇治土公家が祭祀してきた、という由緒が特徴的だ。
伝承によれば、猿田彦大神の子孫である大田命が、倭姫命に五十鈴川上の土地を献上し、そこに皇大神宮(内宮)が鎮座した。大田命の子孫である宇治土公家は、以後神宮に奉仕することになる。
天孫に道を示した猿田彦大神の子孫が、今度は天照大御神の鎮座地を示した、というつながりになっている。
ちなみに神社としての創建はそう古くない。宇治土公家は長らく祖神を屋敷神として祀っていたのだが、明治に入って神官の世襲制度が廃止された際、この屋敷神を独立した神社にしたのが今の猿田彦神社なのだという。
全国に同名の神社が多いため、神代巡礼では識別表示として「猿田彦神社(伊勢)」と表記することにした。正式名称を変えるわけではなく、あくまでアプリ内の表示上の工夫である。
夫婦岩で有名な、二見興玉神社
三重県伊勢市二見町、旧国では伊勢国にあるのが二見興玉神社である。夫婦岩で有名だが、信仰史的にはさらに面白い。
主祭神は猿田彦大神。沖合にある「興玉神石」という岩が信仰の中心で、夫婦岩はこの神石を遥拝するための、いわば鳥居のような役割を持っている。
伊勢参宮の前に二見浦で身を清める「浜参宮」という慣習とも深く関わっている。
夫婦岩との関係から縁結び・夫婦円満、猿田彦大神の神格から交通安全のご利益もあるとされる神社だ。
そして3社とも、伊勢国だった
椿大神社、猿田彦神社(伊勢)、二見興玉神社。代表的な神社を選んだつもりだったのに、並べてみたら全部伊勢国だった。
これは偶然というより、猿田彦大神自身が天孫降臨のあと伊勢の方まで送り届けられるという神話と、そのままつながっている。
猿田彦大神は単なる全国区の「道の神」というより、かなり「伊勢」との結びつきが強い神なのだと、ここであらためて気づかされた。
「日本三大猿田彦」ってないのか、と思ったら
3社が綺麗に揃ったので、「日本三大猿田彦」みたいな呼び方はないのかと思って調べてみた。
八幡や稲荷にはよくある「日本三大○○」という括り方だが、猿田彦については全国的に定着した呼称は確認できなかった。
だったら神代巡礼が「三大猿田彦」と言い始めればいいのでは、と一瞬思ったが(笑)
よく考えると、神代巡礼にはすでに「巡礼」そのものを作る機能がある。
「三大○○」を作るより、「巡礼」を作ればいい
架空の「日本三大○○」を新設するより、椿大神社、猿田彦神社(伊勢)、二見興玉神社を巡る「猿田彦巡礼」として組んだ方が、アプリの思想にも合う。
しかも3社限定にする必要もない。将来は全国の関連社や、道祖神・庚申信仰との接点まで広げて、天孫を導いた一柱の神が、どうやって全国の「道の神」になっていったのかを辿る旅として構成することもできる。
ここから設計の方針も見えてきた。歴史的・社会的に定着している「日本三大○○」はそのまま属性タグとして記録する。アプリ側で選んだおすすめの神社は「代表的な神社」とする。そして神代巡礼独自のテーマルートは「巡礼」として作る。
既存の歴史的な分類はそのまま記録し、新しい楽しみ方は巡礼として自分たちで作る。この役割分担は、猿田彦信仰に限らず、ほかの信仰にも応用できそうだ。
代表的な神社を3社選んだだけのつもりが、伊勢に全部集まっていたことに気づき、気づけば新しい巡礼のアイデアにまで転がっていった。

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