火葬は、日本にもとからあった習慣じゃなかった

神道

日本では、人が亡くなると火葬する。あまりにも当たり前すぎて、今まで疑問に思ったことすらなかった。

ところが最近、イスラム教徒の土葬墓地をめぐるニュースを見て、ふと思った。

そもそも、なんで日本人は火葬するんだ。土地が狭いから。高温多湿で衛生的によろしくないから。それとも神道的に、死は「穢れ」だから燃やしてしまう。なんとなく全部それっぽい。

ところが調べてみると、どうも違った。日本人は、昔は普通に土葬していたのである。

古墳という、あまりにも分かりやすい反例

「昔の日本人も火葬していたのかな」と考えていて、すぐに気づいた。古墳である。

古墳時代の人々は、遺体を焼いて骨壺に納めていたわけではない。巨大な墳丘を築き、その中の石室に遺体をそのまま葬っている。

仁徳天皇陵古墳をはじめ、あれだけ大量の古墳が全国に残っているのだから、「日本は古来から火葬文化だった」というのは端的に間違いだった。

では、いつから火葬するようになったのか。ここで出てくるのが仏教である。

火葬は、仏教と一緒にやってきた

日本で文献に残る最初の火葬例は、法相宗の開祖・道昭という僧だと言われている。700年に亡くなった際、火葬されたと伝わっている。

仏教で火葬することを「荼毘に付す(だびにふす)」と言うが、この「荼毘」、パーリ語で「燃やす」を意味する言葉の音を漢字に当てただけで、字自体に意味はないらしい。なんとなく聞いたことのある言葉だったが、まさか単なる音写だったとは思わなかった。

仏教伝来のあと、まず皇族や貴族、僧侶を中心に火葬が広がり、鎌倉時代にはもう少し庶民の間にも浸透していったようだ。とはいえ仏教が来た瞬間に全国が火葬へ切り替わったわけではなく、地域によっては近代まで土葬が残っていた。

古代は土葬が主流、そこへ仏教とともに火葬が入ってきて、長いあいだ両者が併存し、近代になってようやく火葬が圧倒的になる。「土地が狭いから火葬」という説明だけでは、この1000年以上の歴史は説明できない。

神道は「火葬しろ」とは言っていない

ここで神道好きとして気になることがある。神道は火葬をどう考えているのか。

神道には「死穢(しえ)」という考え方があり、死は穢れとして、神聖な祭祀空間とは分けて扱われる。黄泉の国から帰ったイザナギが禊をする話は、まさにこれを連想させる。

だったら「死体は穢れているから燃やせ」という発想なのかと思ったが、そういう話でもなかった。神道に、遺体は必ず火葬しなければならないという教義はない。

考えてみれば当然で、仏教伝来以前の日本でも死者はきちんと葬られていた。神道にとって大事なのは、火葬か土葬かという処理方法そのものより、死という状態を日常や神聖な祭祀空間からきちんと隔てることのようだ。

死は穢れなのに、死者を「祭る」という矛盾

ここでさらに面白いことに気づいた。神道では死を穢れとして扱う。なのに神道式の葬儀である「神葬祭(しんそうさい)」があり、亡くなった人の御霊はやがて祖先として祭られていく。

死は穢れなのに、最終的には祭る。一見すると矛盾しているように見える。

ただ、神道にとって問題なのは「死者はずっと汚い存在だ」ということではないらしい。死という状態を日常から隔て、神葬祭で葬送し、五十日祭を経て祖霊舎に合祀する。

死んだ直後は「死穢」、しかし時間をかけて「ご先祖様」になっていく。この、忌避と敬いが順番に切り替わっていく感覚は、なんだか神道らしくて面白かった。

現代の「古墳」は、ちゃんと火葬だった

調べているうちに、もう一つ気になったことがある。作家の竹田恒泰さんが「古墳型樹木葬墓」というお墓を各地で手がけているのを見たことがあった。

古墳を再現するなら、まさか土葬なのかと思って調べてみたら、こちらは普通に火葬後の焼骨を納める現代式だった。高松市にできたものは全長17.5メートルの前方後円墳型で、約3500区画、年に2回御霊祭も行われるという。

見た目や思想は古墳、でも葬送方法は現代の火葬。そこに神道式の御霊祭も乗っている。

「古墳」「現代の火葬文化」「神道の祖霊祭祀」がひとつのお墓に同居しているわけで、これはこれでかなり日本的な折衷案だと思う。

では、なぜ今は圧倒的に火葬なのか

最初の疑問に戻る。仏教によって火葬が入ってきたのは分かった。でもそれだけなら、土葬がもっと残っていてもよさそうなものである。

現在のように火葬がほぼ100%になった背景には、近代以降の火葬奨励と都市化がある。土葬には一人あたりそれなりの土地が要るが、火葬すれば焼骨は小さなスペースに納められる。

人口密度の高い現代日本では、衛生管理や墓地管理の面でも火葬のほうが圧倒的に扱いやすい。つまり火葬が日本に入ってきた理由は仏教の影響、それが現代のように圧倒的になった理由は近代化・都市化・土地・衛生という、別の話として分けて考えるとすっきりする。

イスラム教徒の土葬を、どう考えればいいのか

そもそも今回調べ始めたきっかけは、イスラム教徒向けの土葬墓地をめぐる話だった。イスラム教では原則として火葬をせず、遺体をそのまま土葬する。

正直、最初は「日本は火葬の国なんだから、日本に住むなら火葬でいいのでは」と思ってしまった。土地に遺体が埋まっていくことへの、なんとなくの生理的な抵抗もあった。

ただ、ここは感覚と実際の話を分けて考える必要がある。人間だけが自然界で特別に危険な存在というわけではなく、山では鹿も猪も鳥も死んで、微生物に分解されて物質循環に戻っていく。

場所と方法がきちんと管理された墓地であれば、「土葬だから不衛生」とは言えない。

実際、日本の法律は土葬そのものを全面禁止しているわけではなく、条例や墓地の管理規約によって事実上難しくなっているだけらしい。これも今回初めて知った。

一方で、宗教上の理由があるからといってどこにでも自由に土葬墓地を造っていいわけでもなく、地下水や周辺環境、埋葬密度、地域住民との合意といった基準は、宗教を問わず同じように扱われるべき話だと思う。

「土に還るなら焼いた方が早い」わけではないらしい

イスラム教の土葬を調べながら、一瞬「土に還りたいだけなら、火葬して埋めたほうが早くないか」と思った。宗教というものを合理性だけで考えてはいけない(笑)

イスラム教にとって土葬は「最終的に土になればいい」という話ではなく、遺体を焼かずそのままの姿で大地に葬ること自体に意味がある。

考えてみれば神道も同じである。「神様に祈るのが目的なら、伊勢神宮まで行かずに家から伊勢の方角を拝めばいいのでは」と言われたら、いや、そういうことじゃないんだよ、となる。

目的だけでなく、そこに至る儀礼や行為そのものに意味がある。宗教とは、そういうものなのかもしれない。

今回分かったのは、日本人が火葬するようになった大きなきっかけは仏教で、近代化と都市化を経て今のような火葬社会になったということ。そして神道は「火葬しなさい」という宗教ではなく、死を穢れとして日常の祭祀空間から隔てながら、その御霊はやがて祖先として祭っていく宗教だということだった。

ここまで調べていて、もっと気になる疑問が出てきた。死を穢れと考える神道の社会なのに、なぜ日本人のお葬式は仏教が担当するようになったのか。

神仏習合、寺院による葬送、江戸時代の寺請制度、そして明治の神仏分離。どうやら日本には長い時間をかけて、神社で生き、寺で死ぬ、とでも言える独特の役割分担ができあがっていったらしい。この続きは、また今度調べてみようと思う。

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