「信仰別に神社を巡る」は、江戸時代にもあった発想だった

御朱印文化

私が作っている御朱印アプリでは、神社を信仰・系統ごとに分けて巡礼する仕組みにしている。八幡信仰の神社を集める、稲荷信仰の神社を集める、というような発想だ。

ただ、これを思いつくたびにずっと気になっていたことがある。「これって、昔の人もやっていたことなんだろうか。それとも勝手に思いついた、ちょっと変な発想なんだろうか」ということだ。調べてみたら、思ったより奥が深かった。

仏教の巡礼は、実は「宗派別」ではなかった

まず仏教から見てみる。仏教には天台宗・真言宗・浄土宗といった、はっきりした宗派がある。だから「宗派ごとに寺を巡る」文化があったのかと思いきや、実はそうではないらしい。

日本で一番有名な巡礼のひとつ、西国三十三所。33のお寺を巡るこの巡礼は、実は宗派がバラバラだ。天台宗の寺もあれば真言宗の寺もある。共通しているのは、どの寺も観音菩薩を本尊にしていること。観音経に「観音菩薩は33の姿に変化して人々を救う」とあることにちなんで33か所なのだそうで、いわば「宗派を超えた、観音様の道」というわけだ。

四国八十八箇所(お遍路)も似ている。こちらは弘法大師(空海)が修行した地をたどる巡礼で、宗派で選ばれているわけではなく、弘法大師という「人物」への信仰でつながっている。

つまり仏教の代表的な巡礼は、宗派という組織の線引きではなく、「どの仏・どの人物を信仰するか」という軸で組まれていた。これは、私が神社を信仰系統で分けている発想にかなり近い。

神道には「講」という、一つの信仰を核にした集団があった

では神道はどうか。神道には仏教のような宗派制度はないが、「講(こう)」という仕組みがあった。

「講」とは、同じ信仰を持つ人たちがお金を出し合って作る集団のこと。代表的なのが伊勢講で、村の代表者を毎年くじで選び、積み立てたお金でお伊勢参りに行かせる「代参講」という形式が広く行われていた。参加できなかった人たちは、代表者が持ち帰るお札やお土産話にご利益を託した。

同じような講は、富士山信仰の富士講、金毘羅信仰の金毘羅講など全国各地にあり、江戸時代後期には「江戸八百八講、講中八万人」と言われるほど富士講だけでも数多く存在した。

つまり「一つの信仰を核にして、みんなでその神様のもとへ通う」という発想自体は、江戸時代の暮らしの中にごく普通にあったわけだ。ただし、これは基本的に「一つの本社を深く信仰する」パターンで、複数の神社を巡り歩くタイプの巡礼とは少し違う。

でも「同じ神様の神社を何社も巡る」も、実はやっていた

ここが今回一番の収穫だったのだが、「同じ信仰の神社を何社も巡る」というスタイルも、ちゃんと江戸時代にあった。

江戸の庶民の間で流行っていた「八八幡詣で(ややはたもうで)」というものがある。江戸市中にある8つの八幡宮——大宮八幡宮、穴八幡宮、市谷亀岡八幡宮、鳩森八幡神社、金王八幡宮、御田八幡神社、西久保八幡神社、富岡八幡宮——を1日かけて巡るという、なかなかハードな巡礼だ。全行程およそ60km、歩くだけでもなかなかの体力勝負である(笑)。理由は単純で、「ご利益八倍」を狙ったものだったらしい。

同じ神様の神社を何社も巡ることで、ご利益を積み増そうとする。これはもう、まさに私がアプリでやろうとしていることそのものだ。

ちなみに稲荷信仰も、江戸の街に数えきれないほど広まっていて、当時「江戸に多いもの、伊勢屋稲荷に犬の糞」という言葉まであったらしい。伊勢屋(当時多かった屋号)と稲荷神社と犬の糞が、江戸の街でやたら目につくものの代表格として並べられていたわけで、稲荷信仰の分社がどれだけ密に広がっていたかがよくわかる。

「全部集める」欲求も、ちゃんと歴史にあった

もうひとつ、私の性分に近い話も見つけた。「一宮巡り」だ。

一宮とは、平安〜鎌倉時代にかけて各地で「この国で一番格式が高い神社」として自然に定まっていった社格のこと。記録に残る限り、この一宮を全国すべて巡った最初の人物は、江戸時代の神道家・橘三喜(たちばな みつよし)だと言われている。1675年から23年もかけて全国の一宮を巡り、その記録を「諸国一宮巡詣記」という本にまとめた。それ以降、庶民の間にも一宮巡りが広まっていったそうだ。

信仰の中身ではなく「格」という軸だが、「日本全国、抜け漏れなく巡りたい」という欲求自体は、江戸時代からしっかりあったということになる。

つまり、「信仰別に神社を巡る」は変な発想じゃなかった

ここまで調べてみて、ちょっと安心した。

西国三十三所や四国八十八箇所のように、宗派ではなく「信仰する対象」を軸にした巡礼はあった。伊勢講や富士講のように、一つの信仰を核にした集団もあった。八八幡詣でのように、同じ神様の神社を何社も巡るという発想もあった。一宮巡りのように、全国を網羅したいという欲求もあった。

つまり私が作っているアプリの「信仰別に神社を巡る」という発想は、まったくのゼロから思いついたものではなく、歴史のあちこちに転がっていた要素を、たまたま一つに組み合わせただけなのかもしれない。

変な発想じゃなくてよかった(笑)。むしろ、江戸の人たちが「ご利益八倍」を狙って歩いていたのと同じことを、今スマホでやっているだけなのかもしれない。

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